前回のブログでは、ロンさんの“心願成就の儀式”によって、まるで奇跡のような変化が起こったことを書きました。
給与や役職に関する動き、社長交代、そして新しいポストの公募──。
今まで「不可能」と思っていたことが次々と動き出したのです。
けれど、同時にもう一つの現実も突きつけられました。
それは、「人の欲の怖さ」です。
プライバシーの喪失と、アイデアの盗用

体調不良が続いていた原因の一つが、会社でのプライバシーの喪失でした。
私が同僚に話したアイデアを、トイレに立った隙に、ユニット長の関係者たちが聞き耳を立てていた──。
そんなことが何度も起きていました。
2年間書き続けた提案書は、公式評価「0」。
「意見は聞くけど、評価はしない」──それが会社、いやユニット長の答えでした。
でも、もし本当に価値がないのなら、わざわざ盗む必要もないはずです。
つまり「評価に値するけど、評価したくない」という矛盾。
その理不尽さに直面したとき、胸の奥が冷たくなりました。
願いが叶うとき、同時に暴かれるものがある
ロンさんの儀式を受けたときに言われました。
「怖い存在がわかるようになるよ」と。
それが、まさにこのことだったのかもしれません。
願いが叶うと、すべてがバラ色になるわけではありません。
むしろ、それまで隠されていた“闇”や“欲”が、表に出てくることがある。
それを体験して、私は悟りました。
今回の件で、現場の信頼関係は壊れました。
一人の部門長の欲深さが、組織を蝕んでいった。
そして私は、その中で自分の立ち位置を改めて考えさせられました。
アイデアは、自分の子ども

直近の2社でわかったことがあります。
それは、私のアイデアや提案は、大きく企業に貢献できる力を持っているということです。
でも同時に、アイデアは「数字」ではなく「自分の一部」であり、アイデンティティそのものだということも。
だからこそ、それを無断で盗まれることは、自分の子どもを奪われるのと同じくらい苦しい。
まとめ
心願成就は、奇跡のような変化をもたらしました。
でも、それは「欲や闇が見えなくなる」ということではなく、むしろ「本当に必要なものと、そうでないものを見極めるための光」だったのだと思います。
怖すぎるほどの“人の欲”を目の当たりにした今だからこそ、私は言えます。
アイデアを守り、育て、信じることこそが、自分の使命だと。


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